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#笑の内閣 気持ち悪いからちゃんと終わらせようか
JUGEMテーマ:政治
 
 前回「笑の内閣」の感想やらをブログで取り上げてから、アクセス数が毎日二桁になってしまいました。すごいですね。流石「500」呼べる劇団です。

 で、その笑の内閣総裁(以下「総裁」)とツイッター上でヤリトリした模様を今回は書きます。

ここから、ツイッターにて

ku
「教育条例には「保護者子供の部活動に協力せねばならない」て条文もあるようだ。つまり「道具 を寄付する義務」「部活の遠征のために車を出す義務」があるとも解釈出来る。何故、保護者てだけで府の部下ではないのに、無給でんなもん命令されにゃなら んのか。教員に対する命令と違いこれは違法じゃないか」


ちゃんと条例文読んだ?「・・・てあるようだ」なんてあいまいにするなんて、マスゴミ以下だぞ。芝居する人間が、適当な言葉使うべきではないと、僕は思いますよ。もう一度、最初から読んだ方がいいし、もっと法律を学んでから意見したら?」

ku

「 「保護者は部活動をはじめとする学校運営に参加する等、主体的に積極的な役割を果たすように努めなければならない〔原文ママ〕」

「こんなリプする位ですから返し想像できるでしょうが「努めなければならない」と「しなければならない」は全く違いますよ “: 「保護者は部活動をはじめとする学校運営に参加する等、主体的に積極的な役割を果たすように努めなければならない〔原文ママ〕」”」

ku

「そりゃ努めなければならないは、罰則がない努力義務ですよね。が、そもそも保護者は府の部下やないし、努力義務をかされる言われすらないと思ってますよ。言い方の問題ですわ、学校運営に協力して下さいと頭さげろて話です」


「失礼ながら、言い方なら条文文言間違って読んだ総裁にも非ががありますが(だから噛み付いたけど)論点ずれちゃってるけどまぁいいや。「主体的に」という文言が、かろうじて「保護者におまかせですけどね」という事になりますけどね。」


・・・以上。140文字の制限内でこれ以上は水掛け論にもなりますから僕はもうしたくないので強引に「ここでどうでしょ?」という風にしましたが。

 実は、問題はここじゃない。

「論点ずれちゃってるけど」と僕は見解をしましたが、総裁の論の問題点、矛盾点を指摘していきますね。

 僕が問題としてるのは「努めなければならない」と「しなければならない」では言葉の意味が全く違うのに、なぜ総裁は「しなければならない」と誤字、書き換えたのか(改悪と言ってもいいでしょう)その点を僕は問題としてるのです。「条文を間違ってませんか」と

それに対する答えが
総裁「そりゃ努めなければならないは、罰則がない努力義務ですよね。」

と自らの非を認めてます。すなわち「努力義務だから、総裁が言う「協力義務規定は条文にはどこにも書いてない」のです。それを総裁自ら「認めた上で」こうです

総裁「・・・言い方の問題ですわ、学校運営に協力して下さいと頭さげろて話です」

・・・なら「しなければならない」と解釈したあなたの見解はどこにいったんだ(笑)

僕が問題点としてるのは「しなければならない」とはどこにも書いてない、その一点のみです。総裁の解釈、思想には全く触れておりません。あくまで「条文文言について」で問いただしてるだけです。

確かにこの大阪府教育基本条例案、かなり「憲法違反くさい」条例案です。だからといって、条文文言を間違えて伝えて言い訳が「ない」のです。総裁の「解釈」の問題であって、条文文言には

「しなければならない」とはどこにも書いてないのです。どこにも書いてないんですよ!

芝居、脚本を書く人間は、言葉をもっと大事にすべきだと僕は個人的に思います。文字に宿る「言霊」が、観ていただく方の心を揺さぶるのであると思うから、間違えた伝達はしてはならないと、僕自身は戒めてますし、できればその他の人にもそうあって欲しいと願います。総裁が橋下市長を嫌ってるのは解りますが、だからといって、誤った情報を流してまで市長を批判していい、とはならないのです。

この条文には
「しなければならない」とは書いておりません。どう解釈するか、は僕は問題にはしてません。

 ただ、この条文十条は一項二項も「各家庭環境を全く考慮にいれてない」条文なのは間違いないですし、その点では多分総裁と一致すると思う(各法律家、弁護士もその点は指摘している)

サラリーマン化した教育者は僕もいらない。断固いらない。全員クビにしていい。真の教育者として、教育をしていく人間を作るのは「法律」ではなく「教育」なのです。「孟賞君」宮城谷昌光に、秦の宰相になった「商君(公孫
」も、厳格な法律を作った後に、法律を行うものの学習に力を注ぎました。台湾元総統「李登輝」も「教育と経済は一緒」として、教育に重きを置く政策を推し進めてきました。

「法律」は「人間を縛る」ものです。「教育」できるものではありません。ゆえに、ここはおかしいと指摘して、考え、意見を言うのはとてもすばらしく、正しい事と思います。しかし、誤った情報を真実の如く流すのは間違ってます。

「しなければならない」とは書いてません。相手に問うのだから、己も確固たる足場を固めて論をはっするべきだと、僕は思います。




author:きんぴら, category:間違ってるだろ?!, 02:49
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