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喰われるとか喰うとかじゃなくて
  「あの人とコラボして、喰われるって恐怖はなかったん?」とよく言われます。以前「昭和カフェサロン・彩珈楼」さんで、月1で独り芝居してたのですが、その時のコラボで、とあるアーティストさんにギターを弾いてもらってました。その方は今はあまり活躍されてませんが、全国大会とかで軽く入賞しちゃったり特別賞もらったりしちゃうすんごい人でありまして、冒頭の言葉を聴くと「なるほど、そう思われてもやむなし」とは思いました。

 しかし、それは「自分の芝居を魅せる」という「表現者」としての視点だから、そう言うのだと思います。僕は「観に来てくれた方が喜んでくれること」を第一に考えます。それが「目的」であり、そのために「手段は選ばない」のです。

 芝居をお見せする、しかも代金を払っていただいて、という行為は「その代金分楽しませるだけではないのです」とするのが僕の持論です。

 会場にくるまでの時間、交通費、そして観劇してる間の拘束時間。それら「お客様の大事な時間、人生という代わりのきかないもの」を使って頂いてるのですから。ギター奏者の方は、その方だけで十分おつりがくるくらいのすばらしい演奏をしてくれる、それがわかってるので僕は躊躇なくその方にお願いしたのです。

 それ以前に、人前で芝居を見せる、見てもらう、お金をとって、という行為をするのですから、自分の芝居が恥ずかしいデキな訳がない。むしろ、コラボさんがすごいなら、それを糧に「勝つ」のが僕の信義でもあるので、何にも不安がありませんでした。まぁ、僕がコケても、この音楽あるなら許してもらえるかな、という「保険」の意味もありましたけど。

 ただ、「保険」というのは、あくまで「副題」「おまけ」であるのですから、「主題」の「僕の芝居がぶれなければいい」という事ではないですか。自分の芝居に自信なければ、やらないって。

 彩珈楼さんでイベントする前から、すでに100本近くはネタ創ってやってましたから。不満にさせる事はない、という自信はあったしね。

 根本的に、僕は「自分のためだけ」という考えがイマイチできず、必ず「相手がいて、この場合は、お客様がいて」という視点で色々物事を見るようになってます。それゆえに、ゆっくり観劇楽しめなくて、アラが見えて仕方ないのですけど・・・

 なので、自分で手がける事なら、「自分がどうのこうのより、お客さんが楽しめるように」と一番に思ってます。

「自分が楽しめないと、お客さんも楽しめない」というのは、確かに正論だし、その通りだと思います。でも、僕は「独り芝居すること」自体が、もう「普通」だし、「楽しいから演じてる」ので、今更「自分が楽しめる」なんて考えなんて思いません。

昨今のはむしろ「自分たちだけが楽しめたらいい」という事になってると、僕は断言しちゃいます。自己満足の自慰行為でしかねーだろ。誰がそんなの見て面白がるというのだ。君達の性欲には興味がないですよ、と。

 閑話休題

 「目的」はなんなのか、その視点、力点の違いだと思います。

 他人に観てもらいたい、という欲求が沸くということは、すでに「見られても平気」というレベルに達してること。後は、それが「自己満足」なのかどうか、それを試すために、世に問えばいい。

「喰われるから、一緒にしてほしくない」とかなんて、小さい事だよ。僕らが相手にするのは一緒に舞台に立ってる、関わってる人達ではないのですから。
author:きんぴら, category:間違ってるだろ?!, 16:55
comments(0), trackbacks(0), pookmark
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