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ご冥福をお祈りします
JUGEMテーマ:プロレス

「三沢光晴さん 試合中倒れ死亡」

プロレスは、格闘技ブームに押され、どん底を味わっております。僕も個人的には観ません。でも、彼らはとてもがんばってるのは認めます。「お客さんからお金をとってるプロ」を、まさに身体を張ってそれに全力で応えてくれてます。

心より、ご冥福をお祈りします。

同じお金とるのに、小劇場レベルのクズどもに、爪の垢でも飲ませたいものです。
author:きんぴら, category:表現者達, 02:28
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さっぱり思いつかないや
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
 夏の芝居に向けて、参考資料をずっと読み進めてます。

普通に面白いのが困りモノ。このクオリティを保つような芝居にするのか・・・

森田雄三のワークショップ経験者なら「内容を見せるんじゃない!意味なんかどうでもいいんだ!」と指摘されたのを良く知ってるかと思います。今、 この矛盾をどうしたらいいのか、さっぱり解りません。だって、今までの一人芝居、内容無し、意味なし、その場かぎりで、舞台に立ってる人物の日常を見せて るんだもん・・・セリフとか関係ないんだよ〜

さて、どうしよう。
author:きんぴら, category:表現者達, 23:15
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芝居をたぶんやる、と思うw
JUGEMテーマ:演劇・舞台
   とある方から「やってみない?」と誘われております。

が、結構作品のクオリティに気をつけないと出せない内容。なので初めて一人芝居用の台本つくり作業をします。

内容のヒントは「夏っぽい」の。上手にできたら発表しますが、ダメならお蔵入り。

・・・台本ってどうやって書くんだ?とりあえず、参考資料をこれから図書館で借りてきます。

ヒントそのニ

その台本つくりで夜眠れなくなるかもしれない・・・
author:きんぴら, category:表現者達, 13:38
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5月2日はArtist Space CEROへ行きませんか?
JUGEMテーマ:アート・デザイン
   GW始まりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか?僕は連日バイトばっかりです。本業は休みです。でも働かないといけないのでバイトしてます。バイ トばっかりなので、当然いけないイベントもあるのですが、もっとも行きたいのに行けないイベントを告知します。だから観にいった人、興味ある人はじゃん じゃん足を運んで、ドンドンレポートなんかしちゃったりして僕を悔しがらせてください。

 で、お勧めのイベントはこちら

★4月21日(火)〜5月2日(土)13:00-18:00 
菩須彦作品展示『墨点』 大阪/Artist Space CERO
大阪府大阪市西区北堀江1-3-11 友成ビル2F tel/06-6538-0077
http://artistspace.seesaa.net/

とーくーに!

5月2日です。最終日です。土曜日です。でも世間は(多分)お休みです。その時に!

全国フィィンガーピッキングコンテスト2009で「アコースティックギターブック賞」をかっさらった
ひらはるけいさんのライブと、森菩須彦さんとのコラボライブ!片やギター一本で無限の中の有限の音世界をつむぎ出し、片や空間を独自のアート感覚で埋め尽くすライブペインダーとの交わりは、一体何を生み出すのでしょうか?

 誰か観にいって!そんでレポートとか写真とかじゃんじゃんお願いします!いや、まじで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!


ひらはるけいさんのマイスペース(音源聞けます)
http://www.myspace.com/hiraharukei
かのじょのホームページも
http://hiraharun.xxxxxxxx.jp/

『墨点』は森菩須彦さん
告知日記はこちらです
http://bosshiko.blog83.fc2.com/
なんか他にもいっぱいあります。
ユーチューブでライブペインティングの模様とか
http://jp.youtube.com/results?search_query=BOSSHIKO&search_type=

なんか、きっと、すごい事になりそうなので、是非生き証人となってきてください。よろしくお願いします。
author:きんぴら, category:表現者達, 19:51
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ちょっと・・・
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
 大阪造幣局の桜の通り抜けが始まると、大抵の桜は終わりを迎える日々になってきました。新しい草木が芽吹く今日この頃。気がついたら新ネタが5本ほど出来てました。

 んー、ちょっとうずくね。でもやるタイミングが今のところないんですよね〜。まぁ、今は公私共にあまり良い環境ではないから無理はしたくないし。

 さすがに毎月やってた頃に比べるとネタつくりのペースは落ちてます。もともと怠け者なので、これがらしいペースなのかも知れませんね。

 あー、いつ演る事になってもいいように、衣装は考えておくかな〜
author:きんぴら, category:表現者達, 20:24
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「芸術(アート)」という言葉が持つ優しさを考える
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
 去年から「アート(芸術)」に手を出してる僕ですが、最近、この言葉の持つ「優しさ」について考える事がありました。

 先日、友人と食事してる時に、人間関係の悩みの話を聞いてたのですよ。「向こうの考えがわからない」と。

僕は「わからないものはわからないまま受け入れたらええねん。所詮他人なんてわからんもんや」と話してたのですが、当然納得できず、ブーブー言ってました。そこで

「わからんなら、それもアートと思ったらええんちゃうの?」と言葉が出たのです。

 「陰陽師」という野村萬斎主演映画でこんなあったセリフに(うろ覚えです)

「名前を与えるという事は『呪(シュ)』なのだ。俺の名前は、俺であって、俺でないから。しかし・・・」というくだりがありました。

 老子でも「道の道とすべきは常の道にあらず、名の名とすべきは常の名にあらず」というくだりもあります。

 「芸術」という響きには「崇高な、理解しがたいすごみ、才能」という意味合いがありますが、「常人には理解できない物事」という意味も含まれると思うのです。

 古来、人間は、理解できないもの、形容できないものに形を与えるために「文字として表す」という行為をしてきました。「神」はその産物だったりします。これはひとつの「科学」であり、こうやって、理解しがたいものを形づける行為によって、理解できないのに、理解して恐怖や畏怖から克服してきた歴史を持ちます。

 わからない、理解できないから「恐怖」や「不安」を覚えるのであって、なら理解できるようになればいい、そのためには、「形を与えてやればよい」という理論があると思うのです。

 で【何がで、なんだか】「他人の人生とか、人生感とかは、わからないものじゃない。なら、それもあの人のアートなんだな、と思えばいいじゃない」と。

 他人に言った言葉だけど、まともに自分に帰ってくる言葉となってしまいました。

面白くない芝居はいらない、キライ、悪と思ってた僕ですが、それを「アート」という言葉にあてはめると、面白くない芝居している集団にも、その集団の意味がある、という事に今更ながら気づいたのです。一つのことを成し遂げるために集まった集団、舞台は、こちらは理解できないことでも、力をあわせて造ったものなのですから、それは実は素晴らしいものなんだったんだ、と思えるようになりました。「あれもアートなんだ」と。なら、面白くない芝居してるのに一生懸命しているのも理解できる所があるな、という結論に達しました。

 「いろんな人が力をあわせて何かをつくれる場所をつくりたい」それが僕にとっては劇場を造りたいという事でもあるんですが、劇団運営というのは力をあわせる集団というので、僕にとっては理想とする人達なんだなと気づきました。それに気づかせてくれた「アート・芸術」という言葉はなんて優しいんだろうと思ったのです。

 崇高な芸術家からしたら、「芸術を貶める使い方だ」と怒られるかもしれませんが、芸術に、白黒という判断基準はないと思うのです。全てを超越する、とでも言いましょうか。そういうものが「芸術」なのではないでしょうか。なら、ありとあらゆる事に「アート」という言葉をあてはめて「理解はできないけど・・・」という見方をしてあげていいと思うのです。

 僕がする一人芝居のキャラは、世間的につまらない人間ばかりを演じてます。でも、舞台にあげて、近くにいたらイヤだけど、距離を置いたら腹立つことも笑えてもらえる、そういう事を日常でもするために「アート」という言葉はすごく優しい言葉になるんじゃないだろうか、と思えました。

 
 もちろん、なんでも使えばいい、という訳ではないですがね。

「貴方達の芝居は、僕は面白いと思えない。でも、それも貴方達のアートなんですね」と言えば、少しは優しくなれるかな、と。でも、お金は払いたくないですけどね、面白くなければ。でもアートとして理解しようと思います。

 こんな感じでいかかでしょうか?
author:きんぴら, category:表現者達, 21:21
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エカキョーにて
JUGEMテーマ:アート・デザイン
   「エカキョー」というところで絵の勉強をしてます。主宰は「モリボスヒコ」

氏とは、去年、ミクシで知り合い、その後は地元仲間(中崎界隈)という事もあって、氏のイベントを拝見させてもらい、「キスケバー」というバーイベントに一人芝居をさせてもらったりと、お世話になりっぱなしのお方です。

 ひょんな好奇心で、去年「カレンダーアート展」で久しぶりに絵筆をもったので、もうちょっと頑張ってみようかと(というか、下手だったので、もう少し上手くなりたいなと)思い、今年から参加させてもらう事に。

 それはもう優しく教えてくれます。「ええやん」といつも褒めてもらってます。が、これは初心者だし、僕がこの「絵の方面のエキスパートではないから」という事ゆえだと常々思うわけです。

 氏は、やはりこの道で喰ってる方なので、「名前だけのアーティスト」等には容赦ありません。つぶそうとかではなく、「アーティスト気取りでなく、それに対しての責任をキッチリ果たせ」とハッパをかけはります。

 去年から氏とお近づきになりたいと思ったのは、この姿勢が好きだから。とんでもなく厳しいけど、僕の「お金とって芝居みてもらうなら、それに対する責任と義務は果たすのが当たり前だ」という事と共感を覚えるから。

 普段、イベントとか、仲間を呼んでワイワイしてはる氏の姿はおもろいおっちゃんです。でもそのギャップというか、線引きというか、そこがカッコイイのと、一本スジが通った方だと思うのです。しかも、ちゃんと結果が出し続けてるからなおさら迫力と説得力を感じます。

 僕もあやかりたいなと思うものの、未だ結果が思わしくないのが情けないところです。でも言いたい事言うけどね。

 今年というか、去年の暮れあたりから、ちょっと人間関係に線引きをしてるのは、やっぱり自分にとっての譲れない「表現者としての義務と責任」という点で、申し訳ないけど今までその分野の人達とは相容れられない隔たりを感じるので、ちょっと置いてるのです。そうしないと殴りたくなるから(笑)

 上手に教え諭すようになれればいいんだけど、結局のところ僕自身が実績がないので説得力がないんだろうという事でしょう。そのまま遊んで僕がイライラするのは精神的にツライので。キライになってる訳ではないんだけどね。どうしても許せない部分があるから。「自分が楽しければいい」は間違ってはいないんだけど、それだけばかりが芯になってて、それに関わってくれる人達はどうか、があまりにも無視しすぎてないかなと思ったり。

 そういう人達は結局「現実を知らない若者」で、現実を投げ出したガマンができないワガママな人達。そういう人の作るのは申し訳ないけど僕は作ったものに「重さ」が感じられなくて、故に評価ができないわけなのです。

 僕の実家は商売してるから余計に「お金を稼ぐ」という責任の考え方が違うんだろうけど、どうにも甘さばかりが目について。

 「きんぴらさんは否定的ですね」と言われますが、「現実主義者」と言って欲しいくらいです。それだけ「現実の重みが感じられない」から仕方ないじゃないか。
 
 アートでも立派な人を間近でみて、音楽でもすごい人を見て、演劇でも一流の人と交わっていれば、おのずと自分の立ち位置も見る高さも変わるものです。で、そこまで行くにはどうすればいいのか、を常に考えていればこういう考え方になると思うのだけどね。難しいか。まぁ、僕もこの歳になってからわかってきたから。

 ボスヒコ氏曰く「やりたくない事をしっかりやる。するとやりたい事をやる時にリアル感がでてくる」

これ、芝居だけじゃなく、アートだけじゃなく、人生の重み、つまり人間の重みにつながると思うのです。そんな重みのないものに、果たしてお金払う価値があるのか、無限でない人の寿命の一部の時間を削ってもいいものか、僕はそこまで考えちゃうから、厳しく接するのですよ。厳しすぎるのは重々承知ですが、それを上手に諭したり言葉にできないから、自分もまだまだ甘いのですがね。
author:きんぴら, category:表現者達, 20:55
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ちょびっと優雅に
JUGEMテーマ:クラシック音楽
 
「京都市立芸術大学 音楽学部 『第130回定期演奏会』」に先週の土曜日行きました。

告白すると、ワタクシ今年の二月から「バイオリン」を始めてまして、その先生の関係でこの定期演奏会に足を運ぶ事となりました。あ、くれぐれも僕のバイオリンの腕は聞かないで下さいね。

 今回はブラームスの「大学祝典序曲 ハ短調 作品80」「運命の歌 作品54」そしてチャイコフスキー「交響曲 第6番 ロ短調 『悲愴』」 作品74」
 
 学生が演奏するとはいえ、やはり専攻の方たちの演奏はとても優雅で背筋が伸びる気持ちになります。

 場所は京都コンサートホール。京都地下鉄北山下りてすぐの場所。ちょっと京都から離れてるものの、交通の便がいいのが便利です。そして、当然ながら作りも。「兵庫県立芸術芸術文化センター」といい、大阪はこういう文化・芸術レベルのインフラがすごく立ち遅れすぎてる気がします。なんでこうなったんでしょうかね。

 と、愚痴っても仕方ないですが、今回の指揮者は「尾高忠明」氏。バイオリンの先生曰く「とても有名な先生ですよ」との事。まぁ、ざっとググって下さい、経歴は。

 演奏を聞いてて、特に目を引いた(耳か)のが「指揮者によってずいぶんと音楽の雰囲気が変わるな〜」と感じたことです。『悲愴』はもっと暗かったんじゃなかったっけ?など、全体に明るい雰囲気の演奏でした。

 このホールは、野球でいうバックネット裏のみたいなところにも座席があって、そこから拝聴してました。のだめカンタビーレみたいな感じで新鮮に観てたり聴いてたりしてました。

 土曜の夜の公演(開演19時)なので、寒い中でもたくさんの人が入ってました。これだけの人を収容できるスペースにうらやましいのと、さすがコンサートホール、音の響きもとても心地よく・・・はい、二回ほど落ちてました(苦笑)

 ストリートをしている方との交流が多い中、こういう格式のある音楽に触れるのもまた違った趣があって、新しい視点が発見できます。やっぱり、ソフトも大事だけど、それを支えるハードは必要不可欠だよね〜と。

 この定期演奏会は、毎年「夏・冬」と行ってるそうです。次は夏、7月になると思います。もし都合会うなら是非ご一緒しましょう。

「今の音楽を、絶対アートとはいいたくない」という僕の持論を少しはわかってもらえるかと思うので(また喧嘩売るのかw)

 それにしても、指揮者っていいよね〜。バイオリンや歌も習ってたけど、一番やりたいのは指揮者だったりします。

 ・・・なってたら、かなり高い確率で「千秋先輩」みたいな性格になってるの間違いないんだろうけど!!
author:きんぴら, category:表現者達, 23:47
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